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Jul 11, 2013

アラブ首長国連邦(UAE)とエコロジカル・フットプリント分析


上の写真は、アラブ首長国連邦(UAE)を構成する首長国のひとつであるドバイを、1991から2012年から同じ角度で撮った写真。20年の間に、まるで「街」が地面から這い出てきたようである。

このような急激なインフラ整備は、エコロジカル・フットプリント分析では、カーボンフットプリント(二酸化炭素吸収地)として表される。つまり、道路や高層ビルを建設するために使用されたエネルギー使用に伴う二酸化炭素排出量を吸収するための森林地面積の広さを示している。その極端なまでのインフラ整備の結果、アラブ首長国連邦(UAE)の1 人当たりのフットプリントは、2008年度、8.4 ghaで世界で3番目に大きなフットプリントであり、それの大部分はカーボン・フットプリントが占めることとなった。


しかし、アラブ首長国連邦の内部から、自国の自然資源需要と供給のバランスを真剣に考える動きが活発化している。例えば、UAEの研究者の中では、フットプリント(特に電力セクター)を削減するために幾つかの政策を提言したり、またWWF UAEは、多くの国民に、彼らの日々の活動とエコロジカル・フットプリントが深く結びついていることを伝えるために、動画ビデオを制作し、普及活動に努めている。


"The more you get into the Footprint, the more doors and avenues open. There are 6,000 data points that go into this indicator. Now we can take on the challenge to take this knowledge and try to really advance it on a policy level." Razan Al Mubarak (EWS -- WWF)

アラブ首長国連邦のフットプリントに関する詳しい情報は、グローバル・フットプリント・ネットワークのホームページを参照してください。
http://www.footprintnetwork.org/en/index.php/GFN/page/uae_case_story

Jul 10, 2013

エコロジカル・フットプリントとバイオキャパシティの大きさを決める「5つの要因」


   資料: 「日本のエコロジカル・フットプリント2012」by WWF Japan & Global Footprint Network

エコロジカル・フットプリント分析は、私たちの生物生産力に対する需要エコロジカル・フットプリント)を測定し、それを生態系から供給される生物生産力(バイオキャパシティ)と比較することで、持続性(または非持続性)を分析する指標だが、ここで頭に入れておきたい5つのポイントがある。

それは、エコロジカル・フットプリントは、1) 人口2) 1人当たりの消費量、そして3) 生産効率、そしてバイオキャパシティは、1)面積2)生物生産効率がその大きさを決める要因だということ。

例えば、フットプリントサイドだと、ある国の生産効率が3倍になったとしても、1人当たりの消費量が5倍になれば、たとえ人口が一定でも全体のエコロジカル・フットプリントは増加する可能性がある。あるいは、1人当たり消費量が横ばいでも、人口が3倍になれば、その国のエコロジカル・フットプリントは3倍に像がする。このように、この5つの要素を常に押さえておくと、将来のエコロジカル・フットプリントの動向を捉えやすくなる。 世界レベルで考えてみると、
  • 国連の予測によると、2050 年の世界の人口は現在の69億から92 億人近くまで増加。(人口↑)
  • ブラジル・ロシア・インド・インドネシア・中国・南アフリカといった、多くの人口を抱えるBRIICS諸国は、1人当たりの消費を大幅に拡大している(1人当たりの消費↑)
人類全体のエコロジカル・フットプリントが地球の生態系に深刻なインパクトを与えることは容易にイメージできる。実際、生きている地球レポート2010では、現状のまま何も対策を取らなければ、2030年までには、人類の生活を支えるために地球2個分が必要になると予測している。

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尚、7月22日(月)に東京で行われるWWF ジャパン主催の「第3回・フットプリント推進ネットワーク(FPN)」では、日本の各自治体や個人の環境に対する取り組みは、この上記「5つの要因」とどのような関係があり、将来のエコロジカル・フットプリント(またはバイオキャパシティ)に対しどのような影響が与える可能性があるか、それを整理していく予定。エコロジカル・フットプリント削減のための多くのヒントが、その会合から生まれるのではと、今から楽しみだ!


Jul 9, 2013

日本におけるEF分析の歴史

資料: 「日本のエコロジカル・フットプリント2012」by WWF Japan & Global Footprint Network

日本は、1990年代後半以降、政府・財界・学術レベルで、エコロジカル・フットプリント(EF)のデータを、着実に積み重ねてきている。

政府レベルでいえば、1996年の「環境白書」でエコロジカル・フットプリントという概念が政府の公式文書として初めて紹介されて以来、2003年に国土交通省が48都道府県のフットプリントを算出*1、2006年に日本の環境基本計画の一部としてフットプリントを日本政府として採用することを決定した。 

研究機関・NGOレベルでいうと、マティス・ワケナゲル、ウィリアム・リース氏の「エコロジカル・フットプリント: 地球環境持続のための実践プランニングツール」(和田喜彦監訳・解題、池田真里訳)が2004年に出版されたことが、日本におけるEF分析のターニングポイントになった。この本のおかげで多くの日本の研究者が、新しい環境指標としてエコロジカル・フットプリント分析の可能性を感じるきっかけになったからだ。フットプリントの概念をより広い読者に届けることになったのは、2010年にグローバル・フットプリント・ネットワークとWWFジャパンで共同で出版された「日本のエコロジカル・フットプリント2009」である。

さらに、WWF ジャパンは、昨年、「日本のエコロジカル・フットプリント2012」が発行した後、「フットプリント推進ネットワーク(FPN)」を立ち上げ、日本における、エコロジカル・フットプリント分析の更なる普及・発展のために積極的に動き出した。

これらの努力の総合的な成果を通じ、そこに確かな方向性と覚悟を示すことで、日本は持続可能性に向けて前進し、世界をリードできるはずだ。

その流れの中で、グローバル・フットプリント・ネットワーク沖縄支部のスタートである。
興奮しないはずがない!

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*1. 尚、国土交通省の都道府県フットプリントは、EFの概念に基づいたものではあるが、EF分析の核ともいえるグローバル・ヘクタールの考えが反映されていない

Jun 8, 2013

グローバル・フットプリント・ネットワーク(沖縄支部):「関心」から確実な「行動」へ

6月1日付けで、日本(沖縄)を本拠地にし、グローバル・フットプリント・ネットワーク(GFN)の業務を行うことになりました。業務内容は、これまでのように、研究者として「環境拡張型産業連関分析を応用したエコロジカル・フットプリント分析」をもとに、1)政府・企業・家計の消費活動、2)産業別の生産活動、3)貿易に伴う各国間の相互依存度をエコロジカル・フットプリントの観点から分析を行います。

いま参加しているプロジェクトとしては、フィリピン、ロシア、アメリカの地方レベルのEF分析、日本においては経団連自然保護からの助成をうけ「日本とASEAN諸国の依存関係」を分析するプロジェクト等があります。

さらに今後は、上記研究の仕事とともに、「アジア・日本地域のプロジェクト推進活動」が加わりました。これが、今回、グローバル・フットプリント・ネットワークが沖縄支部をスタートさせた理由です。

2012年度の「ブループラネット賞」をエコロジカル・フットプリントの開発者であるウィリアム・リース教授およびマーティス・ワケナゲル博士が受賞したこと、WWFジャパンとの共同プロジェクトとして出版された「日本のエコロジカル・フットプリント・レポート」、そしてこれまでの日本の政府レベル、企業・研究所、NPO・一般で培われてきたEF研究の積み重ねが、日本におけるエコロジカル・フットプリント分析のさらなる関心を支えています。

つまり、この確実な「関心」の高まりを、確実な「行動(プロジェクト)」に育てていくことが、これからの私の活動のひとつとなります。(研究とプロジェクト推進の時間的割合は 7:3)

これまでGFNのプロジェクトを通して、日本だけでなくアジア、そして世界の研究者が繋がることの醍醐味・躍動感を思いっきり味わってきました。

これからは、ここ沖縄からアジア・日本地域のプロジェクトを推進していくことを通して
世界中の多くの人を繋げる活動ができるなんて、最高です。

たくさんの仲間たちと一緒に、自分のできることから一歩一歩確実に、
そして時には大胆に前に進んでいきたい。

これからも宜しくお願いします。

伊波

Apr 20, 2013

採用から行動へ/ 数字から言葉へ

2012年にグロバール・フットプリント・ネットワークが発表したNFA2011によると、人類の「エコロジカル・フットプリント(EF)」は、現在地球が1年間に供給できる1.5倍のバイオキャパシティ(生物生産性)を必要としている。

このように限られた資源で、各国が経済的に成功するためには、生物学的資本を効果的に管理する必要がある。この流れをうけ、現在日本を含む9各国がエコロジカル・フットプリントを国の環境指標に一つとして公式に採用している。

これまでEF分析はヨーロッパを中心として研究の広がりをみせていたが、昨年から日本およびアジアにおけるプロジェクトが活発化している。例えばフィリピンは東南アジアの中で初の国家レベルでEFを採用使用しており、インドネシアは現在EFの査定評価に入っている。そのような取り組みは確実にASEAN諸国に影響を与えつつある。

国単位で捉えていたEF分析は、地中海地方や、ASEAN諸国といった各地域ブロックごとのEF研究へと進んでいる。つまり貿易を通じた相互依存度と各国のバイオキャパシティの関係に焦点をあてた分析だ。

個人的には、やはりアジア(特に東南アジア)に興味がある。

これまでの10年間は、研究者としてエコロジカル・フットプリント分析の精度向上を中心に活動してきた。その研究は今後も進めていくが、それとともにこれからの10年は、積極的にアジア関連のプロジェクトを提案し、アジアにおける研究者のネットワークの構築、そしてアジア諸国の持続可能な発展に関する取り組み・実験を執筆・講演活動を通じて紹介していきたい。

つまり今後の10年間は「数字」から「言葉」へ方向性をシフトをはかりながら
「持続可能な発展」をより深く考え続けていきたい。

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上記マップは、グローバル・フットプリント・ネットワークとWWFジャパンの共著「日本のエコロジカル・フットプリント2012」の47ページの図を加工したものです。
http://www.wwf.or.jp/activities/2012/12/1106511.html

Feb 18, 2013

「日本のエコロジカル・フットプリント報告書2012」


[ウィリアム・E・リース教授およびマティス・ワケナゲル博士の「日本のエコロジカル・フットプリント」に関するインタビュー動画]


「日本のエコロジカル・フットプリント報告書2012」が、2012年12月10日に発表されました。グローバル・フットプリント・ネットワーク(GFN) とWWFジャパンの共同で作成されたもので、2010年に引き続き2冊目の報告書となります。今回は、特に「食」「都道府県別フットプリント(東京・愛知・沖縄)」「福島原発事故による環境影響」の3点を中心に分析を行ないました。

私は、GFN側のプロジェクト・マネージャーとして参加させて頂いたのですが、イギリス・スイス・フルキナファソ(アフリカ)・オーストラリア・日本、そしてアメリカと研究スタイルやバックグランドの違う個性的なメンバーと同じ方向を向いて報告書を育てていく、という貴重な体験を得ることができました。内容とともに、「次に繋がる」報告書に仕上がったと思います。ぜひ、チェックしてみてくださいね。(報告書のダウンロードはこちら

参考:
「グローバル・フットプリント・ネットワーク」ホームページ
「WWFジャパン」ホームページ(日本のエコロジカル・フットプリント報告書2012について)

WAKE UP CALL : NHK World「ブループラネット賞」特別番組



2012年度の「ブループラネット賞」受賞者であるトーマス・ラブジョイ博士、ウィリアム・リース教授、そしてマーティス・ワケナゲル博士に関する特別番組がNHK World Documentary より報道されました。(エコロジカル・フットプリント分析については18:22より)

日本における「エコロジカル・フットプリント」分析に対する関心は、昨年東京で行なわれた「ブループラネット賞」授賞式を契機に、確実に高まっています。実際、私が所属している「グローバル・フットプリント・ネットワーク(GFN)」にも、日本の諸団体からエコロジカル・フットプリント分析についての問い合わせがかなり増えてきています。

GFNがこれまで築いてきた世界規模の研究ネットワークと、日本の第一線で活躍している研究者が結び付くことでどのような相乗効果がうまれるのか、また、これまで日本が培ってきた「環境にたいする知恵」と現在の「高度な技術力」が、エコロジカル・フットプリントの視点を持つことでどのように”育ち”「新しい社会デザイン」を提供することができるのか。

エコロジカル・フットプリントと日本にとって、
大切な一年になりそうです。

◆「WAKE UP CALL」(以下JIB番組概要より)ーーーーーーーーーーーー
私たちの暮らす地球環境は、かつてないほどの危機的な状況にある
環境問題解決に向けて貢献した個人や組織を1年に1回表彰する「ブループラネット賞」は、環境界のノーベル賞とも言われている。

2012年は、人間がどれだけ自然環境に依存しているか表した指標「エコロジカル・フットプリント」を提唱し、過剰消費のリスク見直しに貢献したウィリアム・リース教授(ブリティッシュ・コロンビア大学教授)とマティス・ワケナゲル博士(グローバル・フットプリント・ネットワーク代表)、人間の活動が「生物多様性」を危機的な状況に追い込んでいることを初めて提唱したトーマス・ラブジョイ博士(ジョージ・メイソン大学教授)が受賞した。地球を救うために、一流の研究者達が、全人類に向けて発するメッセージとは何か。ブループラネット賞の歴代受賞者たちとともに、地球環境問題について考える。

*「WAKE UP CALL」日本語音声版は4月下旬から朝日硝子財団HPにてご覧いただけます。

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2012年11月1日に行なわれたブループラネット賞・受賞者記念講演の動画は
下記のリンクより(英語版のみ)
http://www.af-info.or.jp/blueplanet/list.html

Nov 18, 2012

FMヨミタン「チャブロックマックの沖縄琉球学園」


沖縄滞在中に、FMヨミタンのラジオ番組「チャブロックマックの沖縄琉球学園」にゲスト出演させて頂きました。パーソナーの84とは小学生、ナオキ屋とは中学生からの幼馴染。


魔法の三角形「研究・音楽・手づくりパスタ」をテーマに、それぞれ15分づづのトーク。間に「英語喉」のコーナーをはさんで、あっという間の1時間。それだけでなく、ラジオの本番前から、コーナーの間の休憩時間、そして番組後の小打ち上げと、ずっとしゃべり続けていた。笑い続けていた。

やっぱり、いつの時代でも、どの場所でも、笑うことって最高の奇跡だと思う。数合わせの「デモ」よりも、こうして自然に生まれる「笑い」のほうが、はるかに可能性、国境を越える勢いがある。

自分にとって、「チャブロックマックの沖縄琉球学園」へのゲスト出演は、それを再確認できる大切な時間のひとつ。生きるって、ちょっと緊張もするけれど、それ以上にわくわくがあるから、やめられない。次は、どんな「笑い」が待っているんだろう。

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追記:11月に引き続き12月も沖縄に帰省する機会があり、12月25日に2月連続で「チャブロックマックの沖縄琉球学園」に出演させて頂きました。今回は2013年の抱負、そして前回の話した「魔法の三角形」の真ん中に見えるものについて語り合いました。


Nov 13, 2012

三線が、カリフォルニアと沖縄をつないでくれた


11/4-18日の間、休暇で沖縄に帰省しています。今回の帰省の楽しみの一つはやはり「沖縄で、三線を弾くこと」。三線を通してウェスリー先生から教わった沖縄の心、そして音楽を通して広がる繋がりを、この沖縄で確かめること、育てること。

三線を始める前は、自分の心の中に「沖縄の時間」と「アメリカの時間」の2つが存在していました。どちら一方が起きる出すと、もうひとつの時間が止まる、という感じで共存。私たちが夢と現実を区別できないように、どちらの時間が本当の時間が分からない感じで。でも、1年前に三線を手にしてからは、その2つの時間の根が太平洋の深い深い海のそこで絡み合っているように繋がりはじめた。

早速、呼夢三線広め隊の上江田さん真栄田さんを尋ねました。まるでYoutubeの世界にはいったような、不思議な感覚。

呼夢三線広め隊:http://www.sanshinya-okinawa.com/

ちょうど、さく来奈Liveにタイミングが合ったので、私もライブに参加させて頂きました。真栄田さんと2人で「てぃんさぐぬ花」を唄いました。(動画上)

さく来奈Live  http://www.sakurana.com/info/info1.html



ライブの後は、呼夢ランドで、ビールを片手に三線雑談。アメリカから1年ぶりに帰省した「おじーの三線」も、とてもうれしそうでした。

Sep 2, 2012

キーワードとその関係性

最近プレゼンテーションでよくPreziを使用する。直線的なパワーポイントのスライドとは異なり、全体のマップを示しながら、それぞれの個別のトピックに好きなようにズームイン/アウトできるから。まさに森を意識しながら木々について語れるツール。上記は、今年の6月に研究所内で行った「エコロジカル・フットプリントの応用事例とその方法」についてのプレゼン。国別のフットプリント勘定(NFA)を、地域間産業連関分析(MRIO)を利用して、それぞれのプロジェクトに応用するプロセスをマップ化したもの。(尚、一部のイメージは守秘義務のためここでは削除しています)

このように全体像を示しながら、プレゼンを進めていくと、参加者がそれぞれの「キーワードとその関係性」をつかみやすくなる。そして、それぞれの分野の専門家が、議論に入りやすくなる。それにより、自分が何がわかり、何がわからないか、確認しやすい。

日本のエコロジカル・フットプリントに関する報告書を10月後半に発行する予定です。現在、そのための分析を進めているところですが、同報告書でも「キーワードとその関係性」をどのように表現していくか、そしてフェースブック等のソーシャルネットワークとの融合も含め、探求していきたいと思っています。このような作業は、本当に楽しい!

Aug 26, 2012

シンプルな生活


今年の初めに作曲した「The Orbit of Life (Cajon version)」のミュージック・ビデオを作ってみました。これまで3年間で撮った写真の中から、印象に残った「色」をテーマに編集しています。場所は、沖縄・イタリア・アメリカ。食事と花って、やっぱり私たちの生活を豊かにしてくれているのだと、この作業を通して再確認。

もっともっと自分の生活をシンプルなものをしたい、と思った。

世界中にあふれているたくさんの「不思議」に、少しでも多く触れるために。自分の「帰る場所」を決して見失わないために。「食事」と「音楽」と「研究」でできた三角形の中を、背伸びせずころころと生活していくために。できるだけお金を使わない方法をさがすために。たとえば、サンドイッチとコーヒーだけをバックパックにいれ、山に出かけ、何を言わずに一日を過ごし、それで幸せを感じることができる人生であるために。

すべてのことを全部器用にこなせると、思い上がらないように。自分の能力・立場・そして限界をしっかりと見極めることができるように。好きなことを好きだといえる勇気をもつために。忙しさを自分で作り出し、自分の弱さをそこに閉じ込めてしまわぬように。

もっともっと自分の生活をシンプルなものをしたい。

「TOMODACHIサマー2012ソフトバンク・リーダーシップ・プログラム」

東日本大震災で被災した高校生300を対象とした「TOMODACHIサマー2012ソフトバンク・リーダーシップ・プログラム」が、3週間の日程でカリフォルニア大学バークレー校で行われた。これは日米両国政府と米日カウンシル(米国非営利公益法人)が主導するプログラムで、その趣旨に賛同したソフトバンク株式会社が資金面でサポートし実現したもの。リーダーシップスキルと地域貢献について学ぶことを目的としている。(参照:「TOMODACHIサマー2012ソフトバンク・リーダーシップ・プログラム」ホームページ)

そのプログラムの中で、ベイエリアに住んでいる30人の日本人と高校生の交流会があった。被災地の生徒は、被災の影響で、普段多くの職種に触れる機会が少ない。それが将来の仕事や進路を選択するためのイメージを少しでも広げるこがこの交流会の狙い。ベイエリアからの参加者は、シリコンバレーや、スタンフォード大学で勤務、音楽家・芸術家・アメリカの高校の教員など、リーダーの細野さんを中心に  みんな個性豊かで方々ばかり。私も、大使館に勤務している友人・田坂さんのおかげで、参加させてもらった。環境関係の非営利団体(NPO)での勤務することになった経緯と、アメリカでの研究生活の経験を彼らと共有するため。

彼らと話して強く感じたことは「新しい日本がこうして、しっかりと育っているんだ」ということ。私たち大人が彼らに「何かを教える」ことはできない。できるのは、彼らが「好きなことを好きだと言える」場所(学校・コミュニティ・職場)をしっかりとつくり、彼らの可能性が育つのを決して邪魔しないという覚悟をもつこと。それが私たちが「彼らと一緒に」できること、しなければいけないこと。

彼らと同じ時間を「今」共有できたことは、私にとって一生の宝物。

日本は絶対に大丈夫。



Tule Lake Pilgrimage 2012


6月30日から7月3日の3泊4日、トゥリーレイク日系人収容所巡礼プログラム(Tule Lake Prigrimage)に参加。

第二次世界大戦中、アメリカ政府は11万人もの日本人や日系人の不動産を含むすべての個人財産を強制的に没収し、収容所に監禁しました。その中で「天皇を否定できるか」「米軍のために戦えるか」という質問に対して「ノー」と答えた1万2千人の日本人/日系人を不忠実とみなし、 トゥリーレイク(Tule lake)に特別に収容したのです。今回のプログラムでは、約400名の参加者とともに、Tule Lakeを訪れ、収容所跡地を巡り、収容所の歴史を学びました。

Tule Lake は、オレゴン州とカリフォルニア州の境界線付近、サンフランシスコからバスで7時間ほどの場所に位置します。





今回の巡礼の旅で最も印象に残ったことは、当時収容所に収容された方々と食事の際や、グループディスカッションを通して、強制収用された歴史的背景、収容所内の生活を直接伺うことができ、歴史を「肌」で感じることができたこと。

一世・二世・そして三世の世代間、または収容所以前に財産を多く所有していた方とそうでない方の貧富間で、収容所生活の受け止め方の違いを知り、歴史を語る際の、多重構造を強く感じた。

たくさんの本を読んだとか、たくさんの知識を得ることも確かに大切なことですが、歴史は、感じて、それが日々の行動に繋がらないと”深みを持つことができない、と思った。今の行動がすでに歴史の一部だということを、感じること。繋げること。そのためには逆説的ですが、定期的に「日常から離れる」ことが必要なのだと思う。

今回の巡礼の旅の間、沖縄戦を生き抜いたお年寄りの方の声が無性に聞きたくなった。太平洋を越えて繰り広げられた歪んだ歴史。


尚、Tule lake巡礼の旅は通常隔年で行われ、次回は2014年に予定されています。
詳細は、「トゥリーレイク委員会(Tule Lake Committee)」のホームページを参照ください。
http://www.tulelake.org/

Aug 3, 2012

Globe Model Course in Maryland

720日から28日まで、アメリカ東海岸にあるメリーランド州(アナポリス)に出張。Globe Model Courseという計算可能一般均衡(CGE)モデルに関する1週間の研修を受けるためです。メリーランド州は西海岸(サンフランシスコ)から飛行機で約5時間の場所にあり、3時間の時差があります。アメリカはやっぱりでっかいですね。


エコロジカル・フットプリント(EF) は、私たち生活を支えるために必要となるすべての土地・水域面積を計算し、グローバル・へクター(gha)としてまとめたもです。その数値と、私たちの経済活動(または家計の消費活動)とリンクさせるために、通常、地域間産業連関分析 (MRIO分析)等を利用します。今回のCGEモデルは、エコロジカル・フットプリントを政策提言と結びつけるための方法論としての可能性を探ることが目的。言い換えれば、エコロジカル・フットプリントのDNACGEモデルに組み込めないか、ということ。

今回のコースの参加者は全員で14人。アメリカで開催していながら、アメリカからの参加者は1人。あとは、アフリカから5人、ヨーロッパが2人、アジア3人、ロシア1人、メキシコ1人。主講師はOxford Brookes 大学のスコット・マクドナルド(Scott McDonald)博士と、US Naval Academy のカレン・ティフェルダー(Karen Thierfelder)博士。二人とも献身的で、何よりも、教えることをことを楽しんでいた。スコット先生と会食している際に「このコースを始めたのは、お金のためでない。ただ、楽しいからなのだぁ」と、ガハハと笑った顔がとても印象的でした。

学ぶこと、遊ぶこと、笑うこと
今回のように集中講義のいい点は、大量に情報を浴びることで、全体イメージとキーワードを理解しやすいこと。なぜならば、キーワードは何度も繰り返し出てくるから。そのキーワードをマッピングし、それぞれの関係性を整理すると、細かい情報にも対処できるようになる。細かい点は後から調べればいい。


でも全体のイメージをつかまずに、一つ一つのトピックを「このやろー」と“暗記しよう”とすると、(頭のいい人以外は)情報にのみこまれてしまう。さらに、講師がトピックを整理できない場合は、それはそれは恐ろしいことになるのである。。。(Course がCurseに変わる)

朝の9amから6pmまで、9時間これでもかぁ、というくらいみんなと学んで、その後これでもかぁ、というくらいみんなと飲んで話した。成長を直線的に考えていた時には想像もできなかった、円で広がる成長のイメージ。これなのである!ここで三線を弾いたら、「完璧」!

4日目には、午後の休みだったので、みなでクルージングに出かけた。やっぱり、海がすき。

5日目には、「CGEモデル」を応用した二酸化炭素排出量のシナリオ分析を学んだ。環境拡張型「CGEモデル」を政策にどう生かせるか、つながりが見えて、とても楽しかった。参加者には世界銀行や、国連、そしてアフリカ諸国の政府関係者も参加していたので、同モデルをどのように政策提言に使用しているのか、具体的に聞けて面白い。

最終日は、2つのグループに分かれてのプレゼンテーション。グループ1は「貿易」、グループ2は「二酸化炭素排出」について。プレゼンを終えた後の、みなの充実した顔がよかった。へへへっ、感じでした。
キャンバスからの帰り道、私の好きな「ルーツ」の著者Alex Henleyの像があったので、一緒に記念撮影。AlexCGEについて説明してみました。

このコースを通して感じたのは、やはり政策提言の核は「GDP]であるという事実。地球が1つではないという前提はCGEモデルには組み込まれていない。従来の経済学が忘れている単純な事実「地球は1つ」を思い出すためにも、エコロジカル・フットプリントをCGEモデルに組み込むに、意義があると思いました。

楽しかった! さあ、次にいくのだ!

*その他の写真は、私のフェースブックをチェックしてみてくださいね。ちなみに勉強している写真が「極端に」少ないのは、単に、授業中に写真を撮る暇がなかったということですよ。あしからず (^^

Jun 20, 2012

マーティス・ワケナゲル Mathis Wackernagel

前回の記事で書いたように、私のボス・マーティス博士が2012年度の「ブループラネット賞」を受賞致しました。(以下、いつのもように”マーティスさん”で)

2006年にマーティスさんの著書「エコロジカル・フットプリントー地球環境持続のための実践プランニング・ツール」をはじめて手にしたとき、その視覚的な分析方法に衝撃をうけ、「マーティスさんと将来一緒に仕事をするのだぁ!」と周りの友達に興奮して話していた頃から早7年。同志社大学の和田先生の後押しもあり、現在、こうしてマーティスさんのグローバル・フットプリント・ネットワークで研究者として働いている。
(写真真左 2006年「マーティス・ワケナゲル来日講演会(東京)にて)

マーティスさんと一緒に仕事をしていて、何が一番うれしいかといえば、それはまったく「垣根」がないという点。年齢や国境の違いをまったく感じさせない。
意識的にそうしているのではなく、「そんな違いなんて考えたことないなぁ」といわんばかりに、いつも子犬のような目で世界を見ている。(左写真:2008年、研究所メンバーと夏季休暇)




3年前、英語で研究生活を送ることに不安を抱えている自分を、いつもユーモアいっぱいで励ましてくれた。「信じてくれた」というほうが正しいかもしれない。マーティスさんと話していると「時間を超越」した”何か”を感じる。なぜか未来を信じることができる。今日の不安が未来の”可能性”につながっているようで、そして、そこにユーモアを育てる”余裕”をあたえてくれて。
(左写真:2011年「ハローウィーンパーティ」)

「ブループラネット賞」が決まっても、マーティスさんはまったく変わらなかった。笑いながら、両腕を自転車をこぐようにぐるぐるまわす「マーティス・ダンス」をしながら、次のプロジェクトのことをユーモアいっぱいに”語る”。 「ブループラネット賞」で寄与された「3千万円以上の賞金」は、全額グローバル・フットプリント・ネットワークに寄贈した。エコロジカル・フットプリント分析の更なる普及に役立てたいからだよ、とまた笑う。「持続可能な発展」に繋がる今日の行動が、笑うことが、そして未来を信じることが、賞金以上の価値があるのだよ、と教えてくれるように。

こんな尊敬できるマーティスさんと一緒に仕事ができる自分は、なんて幸せものなのだろう、と思う。そんなマーティスさんが「ブループラネット賞」を受賞することが、本当にうれしい。マーティスさんの見る「未来」に、少しでも手助けできるようにこれからも頑張って”生きていきたい”。


おめでとう、マーティス
そしてどうもありがとう。

2012年6月
伊波




(参考)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


エコロジカル・フットプリントの開発者・リー教授とマーティス博士が「ブループラネット賞」を受賞



ついにこの日がやってきました!
2012年度の「ブループラネット賞」に、エコロジカル・フットプリント分析の開発者、ウィリアム・E・リース教授とマーティス・ワケナゲル博士の両氏が選ばれました。「エコロジカル・フットプリント」を通して、われわれ人類がどれだけ自然環境に付加を与えているかを視覚化し、過剰消費のリスクを明らかにしたことが、今回の受賞につながりました。「ブループラネット賞」は、”環境界のノーベル賞’ともいわれています。

今回の受賞を機に、エコロジカル・フットプリント分析の認知度がさらに高まり、多くの国の政府がエコロジカル・フットプリント分析を自国の環境政策に積極的に活用することを期待します。


以下は「公益財団法人旭硝子財団」のプレスリリースより(ブログ用に若干編集致しました)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ウィリアム・E・リース教授およびマティス・ワケナゲル博士
(Professor William E. Rees and Dr. Mathis Wackernagel)

リース教授とワケナゲル博士は、生物物理学的生産性(バイオフィジカルキャパシティ)に対する人間の需要と生態系の再生能力を比較するための資源会計の枠組みであるエコロジカルフットプリントの概念を共同で開発した。2人は1990年代に、リース教授が共同議長を務めた、ブリティッシュ・コロンビア大学「健康で持続可能な地域社会の実現に向けたタスクフォース」に参加。その一環として、初めてその手法を広範な地域に適用した。(ワケナゲル博士は本研究プログラムを自身の博士論文の事例研究としている。)

リース教授は、同大学でのキャリアのほとんどを一貫してエコロジカルフットプリント概念を改良し応用する事で持続可能性の分析を行ってきた。多くの大学院生は、彼の指導のもと、マテリアルフロー分析とエコロジカルフットプリント概念を利用して野菜のビニールハウス生産からサケの網生簀養殖や航空輸送、国際貿易に至るまで、都市、国家、個人のさまざまな経済活動がもたらす影響を評価し、研究者として素晴らしい業績を収めている。彼のもとでは現在も引き続き学生たちが都市の持続可能性・脆弱性とグローバリゼーションがもたらす生物物理学的な悪影響の研究分野においてエコロジカルフットプリント概念の応用と改良に取り組んでいる。

リース教授は、エコロジカルフットプリントの概念、環境の人口収容力、およびそれらに関連するテーマについて、単独あるいは共同で数多くの学術論文や高い評価を得た論説を発表し、書籍の分担執筆も行っている。これまで世界30カ国から招待を受け、自身の専門分野に関する講演を行っている。教授は1994年から1999年までコミュニティー地域計画学部長(Director of the School of Community and Regional Planning)を務め、同学部の教育方針とカリキュラムを「持続可能性に向けた計画」に沿ったものへと改めた。教授はまた、2003年のグローバル・フットプリント・ネットワーク創設以来、その政策・科学顧問として、フットプリントを生物圏に対する人間の需要を測るためのより確かな尺度とすべく、世界的な取り組みを進めている同団体を積極的にサポートしている。

ワケナゲル博士は、1994年にリース教授の指導のもとエコロジカルフットプリントを開発し博士研究を終了した。その後コスタリカにてモーリス・ストロング氏(1995年度ブループラネット賞受賞者)が設立したアース・カウンシルに勤務し、程なくしてハラパ(メキシコ)のアナワク大学に持続可能性に関する研究センターを創設。同センターにてエコロジカルフットプリントに関するさらなる研究を重ね、1997年には初めて国連のデータに基づいて52カ国のフットプリントとバイオキャパシティについて一貫した計算を行った。リオデジャネイロで開催されたリオ+5会議では、彼の研究が大いに注目を集めた。

博士は、1999年から2003年までカリフォルニアの経済シンクタンク、リディファイニング・プログレスプログラムで持続可能性担当ディレクターを務め、この経験から、エコロジカルフットプリント分析の認知度向上と生態学的限界を意思決定の中核となすことを目標に、2003年にスーザン・バーンズと共同でグローバル・フットプリント・ネットワークを創設。同ネットワークはすぐに大規模な非政府組織へと発展し、カリフォルニアの本部に加え、ブリュッセル(ベルギー)とジュネーブ(スイス)にも事務所を開設した。2012年には、世界のNGOトップ100に選ばれている。


博士は過去10年にわたり、年2回発行のWFFの機関誌『The Living Planet Report』(生きている地球レポート)に寄稿しており、これがエコロジカルフットプリントの成果を報告する主な媒体となっている。2012年版は5月に国際宇宙ステーションから発表され、メディアからはこれまでで最も大きな反響が寄せられている。グローバル・フットプリント・ネットワークの最新の計算によれば、生物資源に対する人間の需要は、長期的な地球の再生能力を50%以上上回っている。

エコロジカルフットプリント会計によって、人間の自然財に対する需要量と利用可能な生態系の財・サービスの供給量(バイオキャパシティ)を体系的に比較することが初めて可能になった。この手法は、人口の多少を問わず、地域、国、地球規模で応用が可能である。エコロジカルフットプリント分析法では、需要と供給の両方について、世界の平均生産力をヘクタールで測定する。つまり、ある母集団のエコロジカルフットプリントとは、その集団が消費する生物資源を生産しその集団が排出する廃棄物を既存の技術を使用して吸収するのに継続的に必要とする生産可能な土地と水の生態系を面積で表したものである。重要な廃棄物フローとして挙げられるのは、化石燃料の燃焼によって発生する二酸化炭素である。バイオキャパシティは、世界またはある地域に存在する生産的な生態系を面積で表したものである。

エコロジカルフットプリントと環境収容力は、反比例の関係にある。従来の環境収容力が「物質面で所定の生活水準を維持した条件で一定の土地はどのくらいの人口を支えることができるか」を問うものであるのに対し、エコロジカルフットプリントでは「当該土地および水生態系が地球上のどこに位置するかに関わらず、この人口を支えるのにはどのくらいの面積(バイオキャパシティ)が必要か」を求める。このアプローチでは、輸出入両方の流れが明らかになり、分析対象となる時代の技術的な進化も反映される。先に述べた通り、エコロジカルフットプリント分析によれば、特定の人口(あるいは全人類)による生物資源の一般的な消費水準がそれを支える生態系の長期的な生産力を超過しているか否かを科学的に判断することが可能になる。すなわち、ある国の人口が国内の領土および自由に利用することのできるその他の生態系の環境収容力の範囲を超えていないかどうかを明らかにすることができるのである。

エコロジカルフットプリント分析が世界の開発に与える影響はあまりにも大きいため、世界各国のさまざまな学術誌や学会が長年にわたってその一般的な概念と具体的な特性を議論および論争の対象として取り上げてきた。例えば、国際生態経済学会の公式機関誌である『Ecological Economics』(生態経済学)は、エコロジカルフットプリントに関する論文や書評を頻繁に掲載し、少なくとも2度にわたってその概念に関する討議特集を組んでいる。フランスのサルコジ大統領のもとで 経済学者のスティグリッツ、セン、フィトゥシによって組織された委員会も、その報告書で15ページをエコロジカルフットプリントに関する議論と評価に割いている。

エコロジカルフットプリントの影響は、もちろん学問の世界だけにとどまっているわけではない。エコロジカルフットプリントは環境に対する人間の需要をその消費に対応する土地と水の二次元の面積で示すため、一般の人々が理解しやすい。これが、世界中でさまざまな規模で行われる数多くの研究プロジェクトにおいてエコロジカルフットプリントの活用が進んでいる理由である。特に、概念が単純であるために、限りある惑星において増加の一途をたどる物的消費を支えることは不可能であるという


事実に対する理解を高めることにつながっている。徐々に、政府、国際機関、開発に関心のあるNGOは、物的成長には生物物理学上の限界があるのではないかという考え方を受け入れ始めている。それは、所得が最低水準にある地域社会から最富裕層まで、誰もが、過剰消費がもたらす重大な影響を免れることはできないからである。

その結果、エコジカルフットプリントは環境教育のツールとして特別な役割を担うようになった。一般向けのテキストや高等学校の教科書の多くがこの手法を扱った章を設け、解説を行っている。また、学生や一般人も個人向けのエコロジカルフットプリント計算機をオンラインで利用することができ(もともとはアースデイネットワークのために制作)、毎年100万人以上がアクセスしている。
一般の人々に比べれば遅れてはいるものの、政府機関もようやくエコロジカルフットプリント分析について真剣に考え始めている。先に述べた通り、多くの国がエコロジカルフットプリントの概念を考察すべく調査を行っており、アラブ首長国連邦、エクアドル、スイス、日本、インドネシア、ラトビアの少なくとも7カ国が政策の一部としてエコロジカルフットプリント評価を実施している。

開発(人間の福祉)と持続可能性(開発が1つの惑星に収まる範囲で行われているか)を追跡すれば、世界規模の持続可能な開発を評価することが可能である。この2つは、人間による開発の指標であるUNDPの人間開発指数(HDI)と生物圏に対する人間の需要を示す尺度であるエコロジカルフットプリントで測定することができる。エコロジカルフットプリントが世界全体で1人当たり1.8ヘクタール未満であれば、その資源に対する需要は世界的に反復が可能である。持続可能な開発を政策目標として明確に位置づける国は増えているにもかかわらず、2つの最低要件を両方満たしている国はほとんどない。バイオキャパシティは国によって異なり、この分析法は国ごとに適用できる。また、世界全体で見ても持続可能な開発の枠を超えていることに注意が必要である。

日本政府でもエコロジカルフットプリントに対する意識は確実に高まっている(ワケナゲル博士の同僚であり、リース教授のもとで博士号を取得した和田喜彦博士が国内外でエコロジカルフットプリントの概念を積極的に推進している)。WWFジャパンは、エコロジカルフットプリントについて優れた報告書を発表して折り、またエコロジカル・フットプリント・ジャパンという団体も存在する。環境省は、1996年、1999年、2001年、2002年版の環境白書(総括編)でエコロジカルフットプリントに関する研究成果と政策合意を発表しており、2000年9月からは貿易自由化と環境影響評価の手順を話し合う環境省主催の会議にもエコロジカルフットプリントの専門家が参加している。東京都環境白書もエコロジカルフットプリント分析について言及している。

ECの「Beyond GDP」イニシアチブでもエコロジカルフットプリントは重要な役割を果たした。2007年の会議中、EC委員は進展指標としてGDP、HDI(Human Development Index)とエコロジカルフットプリントの3つを取り上げた。

環境委員会発行の北米自由貿易協定(NAFTA)に関する報告書や国連機関の各種報告書など、エコロジカルフットプリントは他にも国際的な討議の場で幾度となく取り上げられている。例えば、UNDPの『Human Development Report』(人間開発報告書)エコノミストの『Pocket World in Figures』(ポケット版・世界の統計)はエコロジカルフットプリントを指標の1つとして挙げており、生物多様性条約ではエコロジカルフットプリントを生物多様性の指標とすべきだとし、公式サイトでエコロジカルフットプリントに関する資料を多数紹介している。


ウィリアム・リース教授およびマティス・ワケナゲル博士が開発したエコロジカルフットプリントの概念は、世界中で持続可能性に関する分析を行う人々から高い評価と信頼を得て躍進を続けている。もちろん時には反対の声もあるが、この手法が人々の考え方に一石を投じている証なのである。気候変動から漁業の衰退まであらゆるものを経験的に観測すれば、エコロジカルフットプリントが長年にわたって指摘してきた資源の限界と過剰消費が現実的な問題であることを日々確認できる。そして、エコロジカルフットプリントが提唱しているのは、複雑な問題に対する人々の理解を促し、問題を次から次へと転化していくのではなく根本的に解決するための行動を導く指針となる包括的なアプローチなのである。

当該手法が人口収容力に関する議論を再開させるきっかけとなってきたことにほとんど疑いの余地はない。グローバル・フットプリント・ネットワークは、エコロジカルフットプリントを福祉と持続可能性の主な尺度として採用するようこれまで以上に多くの国々に働きかけていくためのさらなる取り組みに向け、準備を整えている。現在は経済に関するデータがGDP算出の基準となっているが、行く末はエコロジカルフットプリントの評価のデータが国家の会計制度の柱となっていくことだろう。
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Jun 14, 2012

楽譜さん、こんにちは!


4月から週1のペースで受講していた「音楽理論入門」のクラスが終了。最後の課題は、自分で短い曲を作曲し、楽譜に起こして提出すること。それを先生がクラスで初見で演奏する。このクラスを受講した理由は、楽譜の読み方・書き方の基礎を学ぶこと。単に曲を作るだけなら意味がないので、これまでのレッスンで学んだことをできるだけ使えるように、あえて使ったことのない音階、コード、そしてリズムに挑戦。

朝早くおきて仕事の前でキーボードを叩きながらあーでもないこーでもないと。曲自体は比較的すぐにできるのですが、楽譜に起こすことが大変。まだ五線譜のどこが何の音なのか、すぐにはわかりません。まるで「米粒を五線譜にひとつひとつお箸で並べるような」作業。特に音符や休符の長さ、強弱はまだいまいちわかりにくい。楽譜を書きながら、自分の課題がわかって面白かった。

クラスにいくと、いつものようにハイテンションの先生がみなを笑顔で迎える。「課題はやってきたかぁ~い。おお、やってきたかぁ、それではさっそく弾いてみるぞぉぉ」てな感じで。(それにしても初見でピアノが弾けるってすごいなぁ。中には音を聞いただけで楽曲を弾ける人もいるし。人間ってすごい。。)クラスメートは全部で4人。中にはすでにジャズコードを勉強していてテンションコードがきらきらした楽譜もあった!

時間がなくてメロディと歌詞だけ書いてきた生徒には、先生が「こんな感じでコードをかぶせるとポップぽくなるぞぉ。。これにこうしてこんな感じでこんな風にこうしちゃったりして、こんなこともやっちゃうと、こんな風になったりなんかして。。。ほらっ、ジャズっぽいだろぉ~」と。途中でコードがどのように展開しているのかさっぱりわかりませんでしたが、コードの世界の深さを肌で感じるためには十分な展開。

最後が自分の番。先生は、「ほいっ」と楽譜を譜面台におくと、間髪いれずに「さぁいくぜぇ」といった感じで、ピアノを弾き始める。

感動してしまった。。。

もちろん自分の曲に対してではなく、「自分が頭でイメージした曲を楽譜を通して先生が弾いていること」に。楽譜って「音楽の言語」なんだ、とこれまで以上に実感。自分の頭の中の世界と先生の指がつながったような感覚。ひさびさの「わぁお」でした。

その時の様子を録画した音声はこちら。(タイトルは『Off Street Cafe』)

これはまだ「曲の輪郭」をスケッチした段階なので、今後アレンジをして成長させていく予定。やっぱり、こんな感じで「曲のスケッチ」してためることも、大切なんででしょうね。スケッチは疑問やイマジネーションが入る隙間がたくさんあるので、それが好奇心の原動力になるし。

例えば、自分の中ではこの曲のベースパートは「カッカ、カッ」と刻むようなイメージでしたが、どう書いていいのかわからなかったので、上の写真であるように楽譜では四分音符を並べただけ。そのため、先生も同じ長さと強さで弾いてます。(まだ音楽の専門用語がわからないので、この辺を文章で書くのが難しい) どう書けばよかったのだろう。。ふーむ。しかし、今ではこうした疑問を解決する「方法(ツール)」がある!!つまり同じ感じのベースを刻んだ曲の楽譜を読めばいいのだ!わからない表現があれば辞書を引くように、道に迷えば地図を読むように、楽譜さんに尋ねてみればいいのだぁ。

今回のクラスで、楽譜やコードの世界の入り口には立つことができました。あとは好奇心や疑問に任せて、いろいろな音楽の世界を旅していきたいと思います。楽しみ!

Jun 8, 2012

マーティス・ワケナゲル氏が「ケネス E ボーディング」賞を受賞

私が所属しているグローバル・フットプリント・ネットプリントの会長で、エコロジカル・フットプリント分析の共同開発者であるマーティス・ワケナゲル氏が、ウィリアム・リー教授と共に2012年の「ケネス E ボーディング」賞に選ばれました。

「ケネスEボーディング」賞は、社会・生態学・経済・政治学・倫理学の結びつきをよりよく理解するために独創的なアプローチに貢献した個人に送られる賞。授賞式は、「国連持続可能な開発会議(リオ+20 地球サミット)」に先駆けて、6月ブラジル(リオ・ジェネイロ)で開催されます。

こうしてエコロジカル・フットプリント分析と、開発者であるマーティス・ワケナゲル氏、ウィリアム・リー教授の活動が、正当に評価されるされていくことが、うれしいです。


写真は、2010年に開催された「シアナ会議(イタリア)」にて


関連記事:

Ecological Footprint Creators Drs. Wackernagel and Rees Win Prestigious Kenneth E. Boulding Award


May 16, 2012

「生きている地球レポート(Living Planet Report) 2012」

「生きている地球レポート(Living Planet Report) 2012」が、5月15日に発表されたました。同レポートは、WWF、ロンドン動物学協会、そして私が所属しているグローバル・フットプリント・ネットワークが2年毎に共同で発行しているもので、1)私たち人類の活動による地球環境に対する影響、そしてそれに伴う2)地球規模の生物多様性の劣化の現状を、「エコロジカル・フットプリント」および「生きている地球指数」等の指標をもとに数値化しまとめたもの。


今回の分析では、人間活動による自然資源(再生可能な資源)への需要(つまりエコロジカル・フットプリント)は1961年から倍増し、2008年度には地球1.5個分の資源が私たちの生活を支えるために必要となっていることを明らかにしました。(図左)

国別にこのエコロジカル・フットプリントをみていくと、自然資源の利用は国によって大きく異なります。わかりやすい例として、「もし世界の人々が**の国と同じ生活すると、地球が何個必要になるか」と捉えると、アメリカ合衆国だと地球が4個分、日本だと2.3個分、そしてインドだと0.5個の地球が必要となる計算です。つまり自然資源が不平等に配分されている現状を示しています。(図下)



LPR2012g.gif



今後の世界的なエコロジカル・フットプリントの動向を予想するためには、経済発展が著しいBRIICS (ブラジル、ロシア、インド、インドネシア、中国、南アフリカ)諸国の動向がポイントとないます。下記の図は、アメリカのエコロジカル・プリント値を100%とし場合の、BRIICS諸国のフットプリントを、円の相対的な大きさで示し、それをさらに消費項目別で表しています。






May 13, 2012

そろそろ三線の「音」を、自由にしてあげていいのではないか


先月からアパートの近くにあるジャズスクールで「音楽理論入門」のクラスを受講。 クラスは毎週水曜日の夜8時から9時半。 生徒は私を合わせて4人。楽譜の読み方を習いながら、それが実際のどの「音(または無音)」と関係しているかを教えてくれます。理論と書くと小難しい感じがしますが、ここはアメリカ。まるでゲームでもしているような感じでクラスが進んでいく。

例えば「メジャーコード」のつくり方の理論をならって、それをみんなでピアノでジャーんと弾くと、いきなりScott先生がトランペットで即興でメロディーをいれたり。あと、前のカレッジでも思ったことですが、授業の進め方が「数学」的なんですよね。「1+1は2。2+2は4」なんだぁ、とぽんぽん土台を作って建築物を積み上げていくような感じ。つまり「エンターテイメントと数学がまざったような」クラス。(意味わかるかな?)

ここからが本題です。 

前から思っていたことですが、今回こうしてジャズスクールで「五線譜の読み方」を学んでいるうちにより強く感じたこと。

これを書くとちょっと「ムッ」と来る方もいると思いますが、あえて書くと、それは 「工工四が三線の可能性を狭めてしまったのではないか」、ということ。 

「工工四」とは、沖縄の三線のための楽譜のことで、漢字で弦の抑える場所を示したもの。 五線譜がメロディを「視覚」で表しているのに対し、伴奏と唄のメロディが工工四からはまったく「見えない」 リズムや、音の強弱など、情報量が五線譜に比べて圧倒的に少ない。 

三線は文化だ。それは「工工四」も含めての文化で、それはこれからも保存しなければいけない、 と主張するかたもいらっしゃるでしょう。 

でも、三線の(唄を含めた)「音」が主役であり、工工四はあくまでもその音を表記するツールで文化の本質ではない。 ツールはできるだけわかりやすく、多くの人に伝わるもので、かつ応用が利くものがいい。 そして今の時代ならば世界の人がわかるものでなければいけない。 

工工四が入ってきたときも、そうだったと思うのです。「これは便利なツールだ」という形で導入させた。 しかしそのツールを、「文化の保存」という名のもとに固定し、「進化」をとめてしまった。 

文化とは保存するものではなく、生きているもの。 三線の音は間違いなく「生きている」。そして世界に広がる「魂」をもっている。成長し続けている。最終系の文化なんてない。 それを「工工四」という窮屈な箱に収めて保存する必要はないのでは。 

本来、あるべき姿を取り戻すだけの話だと思う。

三線の主役は「音」であり、その音が文化をつくり、そして沖縄の生活に溶け込んだ。 そして、その「音」が、海を渡り世界に飛び立とうとしている。 何十年も前から飛べるはずだった。しかし「三線の音」は、工工四という小さな「鳥かご」の中に閉じ込められてきた。

そろそろ三線の「音」を、自由にしてあげていいのではないか、と思う。
そうすれば三線が世界文化の一部になる。

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例えば左のように「五線譜工工四」にすることで、情報量が増えるだけでなく、その情報を視覚を通して簡単に理解できる。それだけで海外の方も、たとえ一度も「かぎやで風」を聞いたことがなくても、そのメロディと伴奏がすぐにわかる。上の工工四ではそれができない。

参考:RUON社ホームページ

Apr 1, 2012

Nicolo' Passeri ニコロ・パセリ

 
Nicolo' (ニコロ)さんが3ヶ月のインターンを終えイタリアに帰国した。

ニコロさんに最初に会った時から、「懐かしい」と感じた。まるでずっと友人だったようにすぐに心を打ち解けあえた。研究だけでなく、プライベートでもたくさんの時間を共有した。ハンドメイド・パスタを作ったり、巻き寿司パーティを開いたり、ジャズのライブに行ったり、いろいろな国のビールを飲み比べたり。

ニコロさんは、いつも笑っていた。「No Rush, Katsu (のんびりいこうよ)」が口癖だった。「Sharing(分け合う)」ということを常にポリシーにしていた。どことなく「沖縄」を感じさせてくれた。

寂しいなぁ。と思った。
ニコロさんがイタリアに帰国する日。
その悲しさを紛らわすために、自分の心に嘘をつきたくなった。

「今度はイタリアで、一緒にワインを飲もう」
とニコロさんは、また笑った。

幸せだなぁ、と思った。
未来を”信じる’言葉をくれたことに。

いろいろな意味を含めて、もっともっと”唄いたい”、と思った。
そして、やっぱり”信じたい”と思った。

ありがとう、ニコロさん
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上の音楽動画「Faith」は、私の「音楽」とニコロさんの撮った「写真」のコラボ。この音楽動画を通して、また新しい出会いが世界中に広がっていくことを、楽しみにしています。


Mar 5, 2012

イラヨイ月夜浜


たまにはテーマを決めずに頭に思い浮かぶことをずらずらと書いてみようと思う。最後にどのテーマでこの記事が終わるのか自分でも楽しみ。

久しぶりに,仕事帰りにバークレー駅近くにあるPeople's Cafeというコーヒーショップに寄っている。曲を編集するときに使っているお気に入りの場所。今日は、前から整理したかったことを、ぽつりぽつりとこなしている。

最近は日常的な事柄はすべてフェースブックに書いているので、「はっ」とした気づきの種はすべてそこで解消している。フェースブックとブログでは時間の進み方が違う。一度フェースブックのリズムに慣れてしまうと、ブログを開く時間さえ惜しい気がする。

自分が思い描く「幸せのかたち」が見えてきた。もちろん周りにいる友達の影響が大きい。彼らが思う「幸せのかたち」を自分にも体験させてくれるおかげで、自分の心が何を求めているのかわかってきた。

生活の中心は「食事と音楽」だと思う。みなで話しながら食事を作り、みなで食べ飲み、そして音楽がある暮らし。別にお金をかけるわけでもない。「食事と音楽」は貨幣が誕生する以前から存在していたわけだから、当然といえば当然か。三線に出会えてから人に出会えた。人に出会えてから話す喜びを思いだした。話す喜びの中には、食事がならぶ。食事は、新しい出会いを舞い込む。そこには必ず、新しい音楽がある。

海外で生活していると本当にいろいろな人に出会う。それと同じくらい多くの別れもある。それぞれに”帰る場所”があるからだ。気持ちの整理をする前に、出会いと別れが交差する。過去を振り返ることが難しい。1週間前のことが数ヶ月も前のことのように感じる。時間の区切りがあいまいになる。そんなあいまいな時間の中で出会いは”流れ続ける。” そんな流れのなかでも、きちんと向き合える出会いは、やはり”縁”なのだと思う。

最近、歩きながら思い出し笑いすることがよくある。知らない人が見たら「へんな人」に見えるかも知れないけれど、こみ上げてくるものだからしょうがない。どんな場所でも、人が笑ってくれるとうれしい。そして笑いで返してくれるとさらにうれしい。両方で笑いあうことで、あいまいな時間の流れがちょっとだけとまる。笑うことに年齢も国境も関係ない。厳格な規律でしか人と人の関係を維持できない場所で暮らしたくはない。そんな場所で”成功”したいなどと、まったく思わない。それよりも笑いの中で”成長”したい。

パスタや麺を小麦粉からつくることが好きになった。特に小麦粉をこねている時の感触が好き。なぜこんなにも好きなんだろうと思ったら、小学校低学年の時に毎日のようにやっていた粘土遊びをしていた時の感触だと気づいた。忘れかけていた感触を思い出せたことがうれしかった。たぶん同じように”忘れている”ことが多いのだろう。土に近い生活を続けていけば、きっと思い出すことができると思う。

”信じたい”と思えることが増えてきた。この感覚はあまり説明できない。昨日は三線の日。みんなでつくった沖縄そばを食べた後に、私の三線の先生であるウェスリー先生が「イラヨイ月夜浜」を唄ってくれた。その時も強く”信じたい”と思った。何に対して”信じたい”のか自分でもよく分からないけれど、とにかく”信じてみたい。”

結局、この記事は終わらない。たぶんあと数時間書き続けていられる。そろそろアパートに帰らないといけない。3メートル先でぼんやりとしている時間。
周りにいる他の客はまだ目の前のPCや本に没頭している。

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イラヨイマーヌ=愛おしいもの、大切な、の意味

Feb 29, 2012

The Orbit of Life

2曲目が(やっとこさ)形になりました。タイトルは「The Orbit of Life」

20年前に弟が生まれた日に作曲した曲を、Cubaseのソフトを使って再アレンジしたもの。結果的に2つのバージョンに育ちました。

「The Orbit of Life」

ピアノ・バージョン
カホン・バージョン
(カホン=ペルーが起原とされる箱型の打楽器)

20年前に作ったときには「心臓の鼓動」「受精の瞬間」「命が育つ”暗闇”」の3つのイメージが頭の中で混ざり合ってひとつの世界を形作っていました。特にNHKスペシャル「脅威の小宇宙:人体」で観た「受精の瞬間」。受精の瞬間って、化学反応でダイアモンドのようにきらきらと波打つように光り輝くのですよ!それがエンディングで表現したかった/触れてみたかったイメージ。生命の情報(DNA)がらせん状に絡まりながら、宇宙の暗闇へと入道雲のように伸びていくイメージ

おおっ、試しにYoutube動画をチェックしたら、あった!!(3分30秒より)


今回アレンジしている過程で、「アフリカの大地」と「惑星がお互いに影響し合いまわっている」イメージがむくむくと成長し、前者がカホン・バージョン、後者がピアノ・バージョンとなって現れました。頭に出てくる映像を音として表現する過程はとてもおもしろい。まるで心の中をふあふあと旅しているような、過去や未来をスーと行き来しているような不思議な感覚を覚えることができます。

この曲と向き合うことで、自分たち家族にとって弟の存在がどれだけ大きなものだったのか改めて確認することができました。彼が生まれたことにより、家族の繋がりが生まれ、深まり、そして成長していくことができたと思います。曲のタイトル「The Orbit of Life」にその思いを託しています。生まれてきてくれて、どうもありがとう。

完璧にイメージを”つかむ”ことはもちろんできることではありませんが、Cubaseの機能を一日でもはやく覚え、Cubaseを「まるでメモ帳にアイディアを書いているような気軽さで使えこなせるように」なりたい。そうすれば後は、自分のイメージに触れ、形付け、そしてそこに帰っていくことができる。1~2年後に、前回の「Faith」そして今回の「The Orbit of Life」と、もう一度向き合い、”その場所に”少しでも近づきたい。

次は、がらっと路線を変えブルースっぽい曲を作曲する予定。目標は、1)一つ一つの音にEffectをいれてより本物に近い音にすることと、2)臨場感を出すために細かな音量調整を行うこと、3)そして無音をうまく使うこと!

Feb 3, 2012

「英語と日本語の音の根本的な違いは何か」

最近よく「英語喉って何ですか?」というメールを頂きます。その時は自分が知っている範囲で教えています。こうやって質問してくれることが、とてもうれしい。「英語と日本語の音の根本的な違いは何か」という点に疑問をもつ人が増えていることが実感できるからです。


上の動画からもわかるように。明らかに英語と日本語の音は何かがちがいますよね。なぜ、アメリカ人はあのような独特ななまりで日本語を話すのでしょうか。なぜ、日本人の英語はアメリカ人にとって聴き取りにくいのか。そしてなぜ日本人はリスニングでこんなにも苦労するのか。「英語と日本語の音の根本的な違い」は何なのか?

その答えは下記の英語喉紹介動画でKazさんが説明しているように、英語は「子音+母音+子音が1つの固まり(シラブル)の音をを響かせて話す言語」であり、日本語は「子音+母音の音の固まり(ひらがな)をで響かす言語」だからです。その「違いを認識」することが英語を学習する上でとても大切になります。



今から約2年前、私は自分の英語に限界を感じていました。あの頃、研究自体はとてもうまくいっていたのですが、どうしても越えられない壁を英語に感じていて。その頃は何度もコーヒーショップにいっては単語を勉強しながらも、周りのアメリカ人が話すのをずっと観察していました。「英語と日本語の根本的な違い」を探すために。

多くの英語学習の本にあるように、口のカタチや舌の位置で発音をつくっているのではない、ということは、その観察を通してすぐにわかりました。例えば、舌を巻かずにRの発音をするアメリカ人は普通にみつけることができます。

しかし、結局「根本的な違い」は分かりませんでした。ほぼ心が折れかけながら、なんとなく訪れたサンフランシスコにあるジャパンタウンの本屋。そこでたまたま手にした「英語喉」。それをぱらぱらと数ページめくった瞬間、自分がこれまで探していた答えがこれだとわかりました。嬉しかったなぁ(その時の気持ちを書いた記事「英語喉物語」)。

英語喉を知ってから確実にアメリカでの生活が変わりました。限界だと感じていた英語は、今では成長のベクトルをしっかりと実感することができます。この調子で「3ビートと喉発音」を押さえ、アメリカで研究生活を行っていけば3年以内に自分が「帰りたい場所」にたどりつけると確信しています。

英語喉の著者であるKazさんには、私が英語喉に出会った当初から本当にお世話になっています。カズさんの何が一番尊敬できるかというと、カズさん自身が英語喉のコンセプトを思いっきり楽しみ、そして成長し続けていること。それが本当の先生の姿だと思います。もしあなたが学校等で、どの先生を師事していいのかわからない、と困っているのでしたら、その時は迷わず「そのサブジェクトを本当に楽しみ、そして成長し続けている先生」を選んでください。あなたもきっと成長を楽しむことができます。

尚、カズさんは現在ワシントンDC地域に住んでおり、毎週木曜日の夜7時に英語喉のボランティア講座を開講しています。留学または仕事でアメリカに滞在している方で、英語に伸び悩んでいる方がいましたら、ぜひこの講座を受講することをお薦めします。

ワシントンDC英語喉無料講座についての詳細は
カズさんのブログ「NIPPON DREAM」をご覧ください。

Jan 29, 2012

シンプルな生活をするためには「復習」を習慣づけることが一番の近道

以前は、いろいろな自己啓発本にあるように手帳などを利用してスケジュールを細かく管理して”効率”よく生きることを目標にしていた頃もありましたが、ある日「あれ、これが俺が目指している生き方だったっけ?」と疑問に思い、やめました。その代わり時間を管理しなくてもいいような生活習慣を自分なりに見つけていくために、2年程前からいろいろ試行錯誤を繰り返しています。その過程でわかったことの1つが「復習」を習慣づけることの大切さ。

復習を習慣づけると実体験に基づいた自分なりの課題がみえてる。小学校の頃から先生に予習と復習の重要性を教えられますが、しかし社会に出てからは予習よりも復習のほうが大切になってくると思う。それは学校の勉強とは違い、実際にその場に立って経験しなければ分からないことが社会には多いからです。例えば研究発表で実際に人の前に立ってみなければ得ることができない情報や感覚がある。それを経験した直後にしっかりと復習し、修正できることはその日で修正し、そして課題を明確にすると、普段の生活でも自然にその課題を克服するために必要な情報に気づきやすくなる。

復習を習慣づけると、感覚的(または偶然に)頼りなんとなく行動していたことを、意識的にコントロールできるようになる。例えば、昨年の暮れから作曲を始めていますが、鍵盤を叩いているうちに”偶然”いい感じの和音やメロディが出てくるときがある。そうやって感覚的に曲をつくることは確かにおもしろいのですが、そのまま感覚に頼っているといつまで経っても成長できない。「なぜその音は気持ちがいいのだろう」と常に疑問に思い、今日感覚的に成功したことを、復習し、その背後にある理論を知る。そして次からはそれを自分のコントロールできるレベルにおき、その精度を高め、その方法をいつでも意識的に引き出せるようにする。その上に、また新しい”偶然’を感覚的に舞い込む。その繰り返しが成長をするためには必要なことなのだと思う。要領のいい人が伸びにくいのは、復習する習慣がないことが原因の1つではないでしょうか。

また意識的にコントロールできる範囲が増えると、「自分がコントロールできない範囲」も自ずと見えてくる。それが分かれば助け合うことの大切さがわかる。そこに専門化(プロフェッショナル)への道がある。近代の技術の発展は、まさにそのプロセスによって生み出されてきた。

復習することで「未来の自分」を助けることができる。例えば、あなたがあるイベントを企画するとする。イベント終了後、2時間でも復習し、どこが良くてどこが改善の余地があるか、それぞれのポイントを明確にし、イベントの企画準備手順を1つのシステムとして構築しておけば、1年後に新たなイベントを立ち上げる時にも、すでにあるシステムを土台にさらによいものを生み出す時間的/精神的な余裕が生まれる。しかし、もし最初のイベントできちんと復習しておかなければ、また1からの繰り返してある。同じ間違いも繰り返すであろう。新しいものを生み出すゆとりなど持てるはずがない。最初と同じだけの時間が必要となる。しかし、復習したほうは、かなりの時間を短縮できる。視点を変えると過去の自分と現在の自分が共同で仕事をしているようなものである。

上の例からもわかるように、行動した直後に復習するということは、実は近い将来の「予習」をしていることと同じことになる。しかし「直後の復習」と「行動前の予習」は意味合いが大きく異なる。時間とともに私たちの記憶は感情に流されていくからだ。実体験をもとにした対策(直後の復習)と、あいまいな記憶を頼りにした対策(直前の予習)ではその中身は大きく異なるのは当然である。

最後に、復習に重点をおくと、自分の頭で考えるようになる。それは自分の体験に基づいたことなので、かなり具体的に課題を見つけることできるからだ。だから次の行動が楽しみになる。自分自身の課題はハッキリしているので、それを実験を通して解決するおもしろさを持つからだ。そして「行動しなければ復習できない」という当たり前のことに気づく。だから行動したくなる。課題をもって行動すれば必ず成長できる。

復習をすると、自分でコントロールできる範囲をしっかりと認識し、体験に基づいた自分なりの課題を、過去の自分と現在の自分が共同で克服し成長を楽しむことができる。自分がやりたいことの焦点がぶれないので、生活が自然にシンブルになっていく。

つまりシンプルな生活をするためには、「復習」を習慣づけることが一番の近道となる。

一石三鳥

研究チームのボス(メキシコ)から、「環境に関する新しい研究モデルを同僚3人(アメリカ、イタリア、オーストラリア)にトレーニングすべし」というミッションがきた。1回1.5時間、6回のトレーニングコース。これは「絶好のチャンスだ!」ということで3つの目標を設定。
  1. トレーニングコースのあと、彼らが自分ひとりでモデルを実際に使えるようになる。
  2. 彼らとのトレーニング+フィードバックを通して、自分が作成したトレーニング・マテリアルをさらに分かりやすいものにする。
  3. 自分の英語喉力を高める。
つまり6回のトレーニングをが終わる頃には、彼らは新しい研究モデルをマスターし、私は英語喉力を高め、そして今後の研究者のためのトレーニング・マテリアルを4人で生み出す、という一石三鳥のプラン。

今週4回のトレーニングを終えましたが、3人とも大量の情報をどどどっ教えたのにも関わらず、楽しそうについてきてくれる。分からないところは分かるまで質問してくるし、聞いたポイントをすぐ彼らの研究テーマと結びつけてアイディアを出してくれるので、まるでジャズセッションをやっているような感じで時間がすぎる(やったことはありがませんが。。)

トレーニングの後は毎回すぐ、アメリカとオーストラリア出身の同僚2人に「俺の英語でまちがった表現や、わかりにくい発音はなかった?」と質問。 アメリカで研究生活をしているのですが、こういう細かなフィードバックを受けることはなかなか難しいのです。普段の研究生活では、同僚は私が伝えたいポイントが理解できれがあえて私の英語の間違いを直そうとはしません。単に時間的な問題です。同僚も多くのプロジェクトや会議をこなしていくことに必死なので、私の英語が「理解できる」ラインをクリアしていればそれでいいのです。

しかし、今回は6回のトレーニングということで、私から彼らに研究モデル、彼らが私に英語のチェックという、お互いを知識を共有し合う形がうまくできていて、普段質問しないことも何度も質問できる。

最初同僚に英語のことを聞いたときには「特に気になる間違いはない」といってくれましたが、「それでも、何かあるだろう。俺はもっともっと英語を伸ばしたいんだ」と何度も質問していくと、「そうだなぁ、」としばらく考えて、ポツリポツリと彼らが感じる改善ポイントを話始める。

これまで彼らがくれたコメントを要約すると「Katsuの英語が理由で、説明が分からなかった箇所はなかった。分からなかったところは単に私たちの知識の問題。でも、アメリカ人はプレゼンの際、他の国の人が英語を話すときよりも、もっと多くの前置詞を使い細かなニュアンスを表現する傾向があると思う。Katsuはたまに前置詞を抜かして説明していた。From to byなどを多く使うと、説明がもっとクリアにあるはずだ。あとa the などの冠詞を名詞につけずに説明している箇所がいくつかあった。それがないと、どの情報のことなのか一瞬とまどうことがある。それのきちんとつけると、何について話しているのかさらにはっきりとわかる」となる。つまり、前置詞と冠詞の使い方ですね。

あと発音では2回目のトレーニングの後「Rの音がきちんと出さない単語がいくつかあった」と教えてくれた。次の日から、ゲップエリアをいつもより意識してRをだすようにしたら「すごく改善している!どうやって急に直したの?」というコメントをもらえた。 Yay!「それはね、君たちが英語をしゃべるときにはゲップエリアとアクビエリアをつかって。。。」と説明したかったけれど、きょとんとされるだけなので「いつもより意識しただけだよ」と説明するにとどめた。英語喉さん、えらい!

あと表現では
  • 「Review」というべきところを「Brainstorming」
  • 「You only need..」の代わりに「only you need」
  • 「derive」というべきところを 「drive」
などと使ったため、一瞬「んっ??」となったと教えてくれた。

4回目のトレーニングの後には、オーストラリアの同僚から「3回くらい動詞の時制を間違えて使っていたよ」と指摘してもらった。「I will show you..」の代わりに 「I show you..」と話していたらしい。あと、「次に、この式について説明します」と言いたい時に、私が「I am going to explain ...」と使ったところは、「be going toの代わりにwillのほうが、”今”から説明というニュアンスが強まる。be going toだと、もうちょっと後で説明しますよ、って感じのニュアンスに聞こえる」と教えてくれた。ありがたやぁ~。

不思議なことに、このトレーニングをきっかけに、同僚がトレーニング以外でも「Katsu、フェイスブックでROFL(rolling on the floor laughing;超可笑しい) という表現を使ってみな!」「今のフレーズは、bread and butter(主要なもの、本業)を使えば、アメリカ人には親近感がでるぞ」と、いろいろな表現を教えてくれるようになった。自分が今の英語力で満足していないことをきちんと理解してくれたことが、まずうれしい。 そして、私がそのような表現を使えると彼らが期待して待っているんだとわかり、新しいやる気が生まれてきました。

冠詞や前置詞、そしてさまざまな表現など、いろいろ課題がありますが、要するに「3ビート+喉発音」をしっかりと意識してこれからも多くのことを体験していく、そこさえぶれなければ大丈夫とだと思います。

上記記事:私のもう1つのブログ「英語喉物語」より転記

Jan 22, 2012

呼夢三線広め隊65番なのだ!


三線広め隊のTシャツが沖縄から太平洋を越えてやってきた!晴れて私も三線広め隊の仲間入りです。呼夢三線広め隊65番なのだ!Tシャツの後ろには「てぃんさぐぬ花」の歌詞と工工四が書かれている。ないす!

というだけでは終わらず、隊長上江田さんから早速新たな指令が。「てぃんさぐぬ花を一人で唄った動画をYoutubeにアップすべし」 「。。。」 いつもは、絃友会のみんなと一緒に演奏するので、唄うことと三線を弾くことのどちらかがおろそかなっても、他のメンバーに助けて頂けるのですが、一人で弾き語りをするとなると。。ねえ。

しかし、上江田さんの「汗をかけ、恥をかけ」の言葉を思い出し挑戦することに。動画をアップした後に、「こうして積極的に発信していくことが成長する一番の近道」という、上江田さんのアドバイスの意味がよくわかりました。「もう引き下がるわけにはいかねえ」というやけっぱちの爽快感に包まれます。最近書いた「空っぽの本棚」とも繋がりますね。今年からは研究・英語喉・音楽をさらに積極的に発信していこうと決めていたので、この動画がいいきっかけになりました。。

これから、機会があれば私が所属するカリフォルニア・絃友会の演奏風景や、アメリカのいろいろな場所で唄った映像をYoutubeにアップしますね。個人的には、今年中に「遊びしょんがねー」「かぎあで風」「島唄」を一人で弾けるようになるのが目標です!

下記は、2012 1月21〜22日にゲストハウスIZUMIにて行われた第2回呼夢三線広め隊の「三線三昧合宿」の様子。この元気は、世界に通用する元気です!





Jan 15, 2012

「クモの巣」男

アメリカで生活していると、突然見ず知らずのアメリカ人から日本に関することで質問をうけることがある。ほとんどの場合は、友好的にお互いの意見を交換でき、とてもためになる。でも、ごくたまに(1年に1〜2回くらい)明らかに上から目線で「日本の間違いを私が正してあげよう」と、質問しているようで質問していない質問をうける。

そのような時には、逆に相手に質問することにしている。理由は、相手は私の答えや意見を始めから聞くつもりなどないし、議論をしたいというよりは、「視野のせまい日本人に私たちアメリカ人が教えてあげよう」という態度だからだ。簡単に言えば「何でもいいからとにかくワシは何かに怒りたいんだぁ」という感じ。(どこの国にも、どの市町村にもいますよね)

このように「とにかく何かに怒りたい」方が張り巡らしたクモの巣にたまたまひょこっと引っかかってしまうと「なぜ日本は移民をまったく受け入れないんだ、けしからん」とか「在日米軍基地がいるおかげでアジアの平和が維持されているのに、なぜ沖縄の人々は基地に反対するんだ。けしかん」と迫り、そして「どう思うのだお前は、けしからん」と怒濤の「けしからん」攻撃を浴びせられる。質問とい名の地雷を足下にまかれたようなものだ。次に怒るトピックが私の口から出てくるのを藪の中で待っている。なんせ、とにかく何かに怒りたいのだから。

その時は「あなたならどうする?」と聞いてみる。

すると、ほとんどの場合「我がアメリカならこういう政策をとるのだぁ」とか、「世界の平和のためにアメリカが現在行っているように、。。」と、両手をひらひらさせながらまるで宣教師のような口調で説教してくる。こっちはそうやってひらひら話すのを、ひたすらひらひら聞く。そうすると結局「私に」話していないのがわかる。目が私をみていない。遠い昔の記憶を追いかけている。つまり誰でもいいんです。そしてどんなトピックでもいいんです。ただ自分は正しいだと再認識したいだけなのだから。

少しクモの巣が弛んできたなぁ、と感じできたら例え話いれてまた質問してみる。「アメリカの面積をカリフォルニアに縮め、まわりは海に囲まれているとする。鉱物資源はほとんどない。そこにアメリカの人口の半分が生活しているとする。カナダには13億人、そしてメキシコには10億の人がアメリカの10分の1程の生活水準は暮らしているとする。そしたら、あなたが今説明したこと(政策)をアメリカは実行することができますか?」と。

すると『んっ」という感じで、”はじめて”私を見る。そして”はじめて”真剣に考え始める。そして「それは無理だ。同じ政策を取ることは」とくる。私が「それが今の日本の現状なのだ」と付け加えると、「なんと!」と驚いた顔をみせる。「日本はそのような条件で、あれだけの発展を果たしたのか!」と褒めてくれたこともあった。

在沖米軍基地の例でいえば、「それでは、もしあなたのスクールのすぐ隣に日本軍の空軍基地があったら、どう感じるのか?」「日本の兵隊が軍服を着たまま、カリフォルニアにあるスターバックスにコーヒーを買いに来たらどう思うのか?」「日本軍のヘリがバークレー大学に落っこちて校舎をぶっ壊したら、どう思うか」などと質問してみる。中には「日本軍人をぶっ殺してやる」とものすごい剣幕で怒ってきた場合もある。その時に「それが今の沖縄の現状なんだ」と付け加えると、「んっ」となって、しばらく考え込み、「普通じゃないんだな、アメリカが他の国でやっていることは」と誤ってきたこともあった。

つまり、どのような質問であっても日本の状態をアメリカに置き換えてイメージしてもらい、こちらから逆に質問すると、たとえ『半径3メートルクモの巣」男でも、黙って考え始め、日本の現状を冷静に理解しようとする。(しない場合は、完全にクモに「変身」したということです)

しかし、この記事で私が本当に書きたいことはとにかく何かに怒りたい「クモの巣」男のことではありません。実は本当のテーマは、誰もが「クモの巣」男になる可能性があり、さらには自分の心が自分で張った「クモの巣」にがんじがらめになっていることにさえ気づけなくなることがある、ということです。つまり「クモの巣」男は、自分の心の中にもいる。できるだけそのような状態に落ち入らないためには、「クモの巣」男に質問したことを、自分自身に対し行い、別の視点から物事を観察し直すことが大切になってくる。

例えば、沖縄で長いこと生活していると、青い海が隣にあることと同じように、米軍基地の存在が日常の光景に溶け込んでいきます。しかし、その現状にちょっとだけ別の視点を入れてみる。主語をかえて考えてみる。「米軍基地ではなくてロシアの基地だと、自分はどう感じるだろうか」「エジプト軍の基地なら、どう思うだろう」「中国軍が軍服姿で沖縄のコンビニに入って来たらどう反応するのか」などと。

すると、自分がいままで普通だと思っていたことがガラガラと音を立てて崩れ、非日常の世界が日常の世界の中に涼しい顔で混在していることに気づく。そして悲しいことですが、自分の心の中にも特定の国に対する「偏見」があることが見えてくる。それを知るプロセスは結構こたえますが、でもそうでもしなければ半径3メートルの日常を当たり前のことだと思い上がり、自分がすべてを把握しているとうねぼれ、そしてその認識を他人にも押し付けようとするどうしようもない大人になってしまう。

「クモの巣」男にだけは、なりたくない。

Jan 7, 2012

空っぽの本棚

大学4年次の終わりから約3年間、沖縄・宜野湾市で「古本物語」という古本屋を経営していました。今日はその中から、不思議なお坊さんのお話を。

クーラのまだ入っていない古本屋の中で、汗をかきながら本の整理をしていると、ちょっと小柄のお坊さんが、ぴょんぴょんとはねるように店内に入ってきました。一通り店内の書籍を眺めた後、私の方にふらっとやってきて「頑張っているねぇ。ところで、君は今からどういうことをしたいと考えているの?」と、リズムのいい質問を。 

「そうですねぇ、まだ本の量が全然足りないので、どうやって増やそうか考えているんですよ」と私。「どこにその本をおくつもり?」 「あの壁一面に新しい本棚を作ろうと思っているんですよ。でも、今作っちゃうと、ものすごいでっかい空っぽの本棚ができちゃうので、本が増えてから順に足していくするつもりです」と私。「いま作ればいいじゃないか」と坊さん。「本がないじゃないですか」と私。

ちょっと補足すると、古本を購入するルートとしては主に2つあって、卸から古本(または新古書)を大量にまとめて購入する方法と、店頭でお客さんからこつこつと購入する方法。私の場合は資金がなかったので後者のほう。なので、でっかい空っぽの本棚を作ってしまうと、その当時の店内買い取りの回転率から考えて、本棚が埋まるまで約半年くらい必要になる計算でした。

「本が欲しいのなら、本棚をつくりなさい。つくればわかるから」と、その坊さんはまるい笑顔でこういうと、白い軽自動車をチョロQのようにビューンと鳴らしながら、我如古方面へ去って行った。

まるできつねに騙されたような感じがしましたが、「別に何かを失うわけではないし。。」ということで、次の日から「えいやっ」とでっかい本棚をつくってみることに。

結論からいうと、それから2週間もしないうちに、その本棚はびっしりと埋まってしまったのです。まず、店内のたまたま訪れた定年退職後の校長先生が、「この空っぽの本棚に、私の蔵書をぜひ並べさせてください。お役に立てればうれしい」と所有するすべて書籍を寄贈。同じ頃、引っ越しを考えているという某会社の社長さんが、その空っぽの本棚をみて「私も若い時はそうだった。頑張りなさいよ」とすべての書籍を寄贈、という風に。

今振り返ってみると、あの「空っぽの本棚」は「自分がこうなりたい」と具体的に社会に意思表示をする行為だったのだと思います。もし、「本がもっと増えないかなぁ」と頭の中だけで考えていたのでは、あの校長先生や社長さんも決して私を助けようとは思わなかったでしょう。それ以前に、現実的な行動をとること無しには、私達の夢など、他人からは「見る」ことができない。

つまり、夢(または目標)を達成するためには、まず「空っぽの本棚」を作る勇気が大切なのだと。別の言い方をすれば、三線広め隊の上江田さんがいつもおっしゃているように「汗をかくこと、恥をかくこと」だと。

あのお坊さんが、本当にここまで深く考えていたのか。。。それとも「何にも考えてないよ〜ん。ただ、言ってみただけだよぉ〜ん」とけらけら笑うのか、今となっては確かめる術もありませんが。またいつかどこかでひょこっと会える、そんな気がします。

ペンギン村 in 2012

2012年度の仕事始め。最初の週を無事に終了。なかなか順調な滑り出しでした。
研究所に、新規雇用の方が4人入社して来たので、今年もまた新しい刺激をもらえそう。

グローバル・フットプリント・ネットワーク(GFN)は非営利団体(NPO)ですが、研究チーム・資金調達部・通信部・管理部など、各種専門部門をしっかりともっており、それぞれの専門の仕事に集中できる環境が用意されています。日本にいる時には、NPOは”ボランティア団体”で、すべての仕事をみんながやる、というイメージを持っていました。ですので、GFNに入社した当初は、NPOが各種専門部署を持っていることにとまどうことも。特に資金調達部があることに。

しかし、この3年間のGFNでの仕事や、またはヨーロッパ各地のNPO団体等との共同プロジェクトを通して、今では「NPOとは決してボランティア団体ではなく、特定の目的を達成するために高度に組織化された団体であるべき」という認識に変わり、そしてNPOのもう大切な役割の1つは「お金の流れを積極的に変えていくこと」だということも分かりました。

私が所属している研究チームは、現在11人の研究員がおり、出身地はアメリカ(4)、メキシコ(1)、イタリア(2)、イギリス(2)、スイス(1)、そして日本(1)と様々。いつも予期せぬ角度からいろいろな意見が聞けるので、とてもおもしろい。それに年齢の差や、出身大学、そして部下と上司の縦の関係が全くないので、まるでサッカーをやっているような感覚でプロジェクトが進んでいきます。今日入って来たばかりの研究員が、エコロジカル・フットプリントの開発者であるマーティスさんにびしばし意見をいう、ってことも当たり前のように起こります。

考えてみたら、GFNでの研究生活のことを、あまりブログに書いていませんねぇ。今年は少しずつ紹介していくことにしますね。あっ、今、思い出しましたが、短期プロジェクトでGFNにきたある契約社員の方は、初日から研究所の中をローラーブレードですーいすいと移動していました。一応「どうしてローラーブレードで滑っているの?」と聞いてみたら、「楽だし楽しいから」という当たり前の顔で「そうでしょうねぇ」という答えが。(^^ まるでのび太君がペンギン村にまぎれ込んだ感じで、仕事をしています。